危機管理広報

プロの目⑬ 山下達郎のジャニーズ性加害問題のコメント、 何が問題でどうすれば良かったのか?

7月の話題だが、ラジオ番組での山下達郎氏のジャニーズ性加害問題に関するコメントが炎上した。危機管理広報の視点から、発言のどこが問題だったのか、どうすれば良かったのかをまとめてみた。

ラジカセ

■山下氏がラジオで発言することになった経緯

2023年7月1日に音楽プロデューサーの松尾潔氏が「スマイルカンパニーとのマネージメント契約が中途で終了になりました。私がメディアでジャニーズ事務所と藤島ジュリー景子社長に言及したのが理由です。私をスマイルに誘ってくださった山下達郎さんも会社方針に賛成とのこと、残念です。」とツイッターに投稿。
 スマイルカンパニーは、山下達郎氏の版権管理を目的に設立された音楽事務所で、山下達郎氏の他にも所属アーティストなどはいるが、山下氏の影響力は飛びぬけて大きいと考えられるため、松尾氏は「同社と(14年も続いた)年間契約を、ジャニーズ事務所への苦言をラジオで呈したことを理由に中途での解除を申し入れられた。山下氏がその方針に賛成した」ことに不快感を表したのである。
 これに対し山下氏は7月9日、自らのラジオ番組でこの問題について、「松尾氏への姿勢は、ジャニーズへの忖度ではない。私の姿勢を忖度と解釈するなら私の音楽は不要でしょう」などと7~8分間にわたってコメントし炎上したのだ。
 このコメントは生放送ではなく、録音であった。したがってその場の「失言」や「言い間違い」ではない。下記サイトに全文が掲載されているので、本稿を読む前にもう一度参照されたい。
 山下達郎のラジオ発言全文書き起こし!松尾潔についての要約6つで解説! | Cranq

■発言のどこが問題だったのか?

問題は下記の3点に集約されると考える。
1. 最後の1文(厳密には下から4行目)が最悪。「開き直り」と受けとられた
2. 問題に対し消極的な姿勢に加え、感情(≒ホンネ)的な主張がやや強すぎた
3. 番組に注目が集まる広報対応となった(結果として悪手)

それでは具体的に見ていきたい。
1. 最後の1文が最悪。「開き直り」と受けとられた
・具体的には「そういう方々には私の音楽は不要でしょう」という一文。
・その前文は「このような私の姿勢をですね。忖度あるいは長いものに巻かれている、とそのように解釈されるのであればそれでもかまいません。」であり、結果として「私の姿勢に同意できないなら、私の音楽を聴くな」と主張していると受け取られた。

2. 問題に対し消極的な姿勢に加え、感情(≒ホンネ)的な主張がやや強すぎた
・問題に対し消極的な姿勢は下記のような部分に表れている。 「松尾氏との契約終了については(中略)…社長の判断にゆだねる形で行われました」 「性加害問題については、一連の報道がはじまるまでは、漠然とした噂でしかなく」 「私には何もわかりませんけれど、とっても残念です」
・一方、下記のような部分に感情的な主張が強く出ていると感じられる。 「音楽業界の片隅にいる私にジャニーズ事務所の内部事情など、まったくあずかり知らぬことですし、まして性加害の事実について私が知るすべは全くありません」 「ネットや週刊誌の最大の関心ごとは・・・根拠のない憶測です。」 「言ったもの勝ちでどんどん噂の情報が拡散しますので・・」 「(上記1で指摘した)そういう方々には私の音楽は不要でしょう」
自分のラジオ番組、ラジオという(声だけの)メディアの特性もあるかもしれない。

3.番組に注目が集まる広報対応
松尾氏のツイッターでのつぶやき後の炎上を受けて、スマイルカンパニーの小杉社長は、7月5日に「松尾さんとの業務委託契約が6月末で双方の合意により終了した」とコメントを出したが、その際「7月9日放送の『山下達郎のサンデー・ソングブック(以下「サンソン」)』で山下達郎本人より大切な報告をする」と告知をした。これが、結果として炎上の一因となった。
 サンソンは、山下達郎が自らパーソナリティを務める大変人気のある番組だ。たまに毒舌発言もあるが、それは山下氏の「素」「人間性」としてリスナーに受け入れられてきた。今回事務所の社長が公式に告知したことで、アンチ山下達郎や炎上の火種を探しているような人も聴いたようだ。山下達郎の「素」の発言に慣れていない聴取者が増えたこと=結果論ではあるが、そのような広報をしたことが、悪手なのである。

■では、どう発言すれば良かったのか?

サンソンで山下氏が発言すべきは、社会の期待に応えるコメントだった。山下氏はジャニー喜多川氏やジャニーズ事務所に恩義を感じていたのであろうが、それを強く主張する(原文では少し話し過ぎ)べきでなかった。自分の主張(姿勢)は入れつつも、そこや感情的な主張はもう少し抑えて、社会が期待しているコメントを入れる。そういう「落としどころ」を考えたコメントにすべきだったと考える。

具体的に筆者が考える「落としどころ=キーメッセージ案」は以下の5つである。
1. 被害者(もしくは被害を受けたとされる方)へのお見舞い 【社会の期待1/被害者優先】
→あった方がより良かった。
2. 性加害は許されるべきものではない。松尾氏のその主張には同意する 【社会の期待2】
→松尾氏に同意するのではなく、松尾氏の当該主張に同意する 。
3. 松尾氏の契約解除の理由 【自分の主張1】 松尾氏の契約解除は彼のその主張によるものではない。詳細は言えないが他の理由もある(可能なら、1~2理由を挙げたい)。
4. これまでのジャニーズ事務所との関わり&「ご恩とご縁」 【自分の主張2】 (「私の人生にとって一番大切なことはご縁とご恩である」と言う事を含め)
→ジャニー氏への恩義については、原文より大きく抑えたトーンにする
5. 今回の問題を受けての認識(反省or/and問題解決姿勢) 【社会の期待3】
ジャニーズ事務所の過去の性加害の噂について、ジャニーさんやジャニーズ事務所に対して、自分が出来る事があったのではないかと反省している。自分はミュージシャンであるが、その前に一人の社会人でもある。今後は性被害や性加害にも、もっと積極的に取り組んでいきたい。

■ラジオでコメントすることについて

最後に今回のような問題が起きた際の情報発信の手段として、自分のラジオ番組で「コメントを出す」ことの是非について所見を述べる。
 私は上記5点をキーメッセージにして山下氏がコメントすれば、炎上は防げたと考える。したがって、今回の情報発信手段=ラジオ番組でのコメントもありだと考える。
 しかし、自分のラジオ番組では慣れている分、油断もしやすい。実際ラジオで語った山下氏の発言には感情が上乗せされた感があった。今回は生放送ではなかったが、そういうリスクを防ぐ意味では感情が出にくい書面を「主要なマスコミに送付する」あるいは「聞かれたら書面を送る」と言った手法の方が良かったかもしれない。

江良 嘉則(2023/08/15)